城北の教育Education

先生からのメッセージ

先生からのメッセージ

社会「いま」に打ち込むことが、自分の道を切り拓く

地歴公民科(公民) 藤谷 亮太
どんな中高時代を過ごしましたか?

部活に生徒会、勉強に明け暮れた毎日でした。特に熱中したのはバレーボール部の活動。

四六時中プレーのことばかり考え、どうすればうまくなるのか研究を続けていました。そうした探求心は、その後の受験生の頃には勉強方法の研究に発展していきました。

教員を目指した理由は?

明確に意識を始めたのは、大学2年生の時。大学で学んでいた哲学や政治学にひきこまれ、一生涯学問に関わっていく職業に就きたいと思い始めました。一方で、その時代は政治も混乱しており、少しでも成熟した民主主義社会を作り上げていく一助になりたいと胸に秘めていました。紆余曲折ののち、この身体で直接、政治や経済、哲学を教えられる場所に身を置こうと決めました。

未来の城北生に一言

城北にはあなたの成長を願い、時に厳しく、時に優しく受け止めてくれる人や環境が待っています。城北生として日々の生活を大切に過ごしていけば、6年後には自分でも想像できなかったほどの素敵な青年になっていることでしょう。かけがえのない時間を共に過ごしませんか?

英語城北で一生の思い出づくりを

英語科 荒川 卓也
どのような中高時代を過ごしましたか?

城北と同じ、私立中高一貫の男子校で6年間過ごしました。周りは独特な人たちばかりで、「飽きる」ということのない楽しい学生時代でした。先生たちとの距離も近く、高校時代は英語の添削を個人的にお願いしたり、自習室を特別に開けてもらったりと本当に親身にしていただきました。部活では厳しい先輩方と共に練習をし、技術だけではなく、礼儀やマナー、そしてかけがえのない友人を持つことができました。着実に目の前のことに向き合って進んでいったことを覚えています。

教員を目指した理由は?

小学生の時から漠然と教員になりたいと思っていました。中学生になったときの担任の先生が英語で、英語が好きになりました。その先生のようになりたいと思ったのがきっかけでした。生徒たちに、小さくても、何か影響を与えられたらと思いながら過ごしています。

未来の城北生に一言

自分の身近にあるものは、当たり前すぎてその良さが分からないものです。学校の環境、学校での仲間、学校の先生方 ― 今は当たり前かもしれませんが、その価値に気付くのはもう少し先の話です。そしてそれがより価値あるものになるかどうかは、皆さんの心がけにかかっているのです。城北生は誇りを持って卒業し、また卒業後も訪ねてくれます。そして色々な思い出話に花が咲くのです。中学・高校生活は人生1度きりしかありません。ぜひ城北で一緒に思い出に残る学校生活を作っていきましょう。

国語見つめて、認めて。

国語科 伊藤 和晃
どのような中高時代を過ごしましたか?

中高一貫の男子校出身です。理数科目がからきしだったため、中学1年生の二学期には、すでに立派な劣等生になっていました。しかしながら、吹奏楽部でフルートを5年間演奏し続けたり、図書委員会や広報委員会(注:新聞部のようなものです)で本の紹介記事やエッセイを執筆したり、学校主催の企画で同級生と協同でルポルタージュを完成させたりと、学校には何かしら自分の好きなことを活かせる場がありました。声の大きくない生徒に自己主張の場を与えてくれた母校には、今では感謝しています。

教員を目指した理由は?

もともと現代文と近現代史が大好きでしたが、高校2~3年生のときの担任の先生の古典の授業が格別面白かった影響で、自分の青春の残り時間は国語国文学に充てるしかない、と強く思うようになりました。つまり、ただただ好きなことを学びたくて国文科に入っただけでした。しかし、そのかつての担任の先生のもとで行った教育実習で、「もっと知りたい」、「もっと伝えたい」という思いが、目の前にいる母校の後輩たちとの対話の中から生まれてきました。自らの勉強が足りないと思い、別の大学院に進学して、教職を目指すことにしました。

未来の城北生に一言

男子校の良いところは、勉学でもスポーツでも趣味でも、少しでも何かに秀でた面のある生徒のことを、周囲がしっかり尊重できるところです。“ええかっこしい”ところを見せる必要はありません。自分を見つめて、周りを認めて、中身のある人間になる。城北は、そういう学校です。

音楽輝く自分をイメージしよう!

芸術科(音楽) 前田 昂人
どのような中高時代を過ごしましたか?

「やってみたい」と思ったことにはどんどん挑戦しました。幼少から習っていたピアノとヴァイオリンのレッスンとは別にユースオーケストラに所属したり、中高6年間では弓道部や吹奏楽部、合唱部に没頭しました。それによって一人では味わえない、「仲間と共に学ぶ楽しみ」も経験しました。またクラスでの歌の伴奏や、学校行事でソロで演奏する機会など、音楽での私の存在を先生方がたくさん見出してくださったことがその後音大を目指すきっかけにもなりました。

教員を目指した理由は?

小さい頃から人前に出るのが好きで、中学の頃からは指導者になりたいと思うようになりました。それが「音楽」なのか、全く別のことなのかその時は漠然としていました。そして、音大入学後は専門的なピアノの指導者や大学で教鞭をとることにも憧れを感じ出しました。しかし、教育実習で普通校である母校の生徒と触れ合った時、好きなことが思いっきりできた中高での時間が自分にとってとても輝いていた時間だったことに気づきました。やりたいことを思いっ切りできるこの時期の子どもたちに接することは教育者としてこの上ない幸せだと思いました。その気持ちから中高の学校の教員を目指すようになりました。

未来の城北生に一言

どこの学校に行っても中高の6年間は自然と過ぎていきますし、どこの学校に行ってもご両親はあなたを心から応援してくれるでしょう。しかし、進学した学校はある意味運命です。きっと不思議と導かれる学校へとあなたは進学します。もしもその場所が城北だったとしたら、この学校でたくさんのことに挑戦してください。城北にはあなたが全力で頑張れる環境がきっと揃っています。