2026/6/12
地理部では6月7日に今年度最初のフィールドワークを行いました。今回の調査地域は埼玉県の秩父地方です。埼玉県西部に位置する秩父地方は、関東山地の一部をなす秩父山地と、その周辺の丘陵地からなる地域です。荒川が流れる狭隘な秩父盆地に、人口約5.5万人の中心都市、秩父市のほか、長瀞町など1市4町で構成されます。山がちな地形から地域面積の8割以上が森林で、ほとんどの地域が秩父多摩甲斐国立公園や武甲、西秩父などの県立自然公園に指定されています。豊かな自然に囲まれる秩父地方では、荒川の侵食によって形成された渓谷や石灰岩を産出する武甲山、鍾乳洞をはじめとするカルスト地形など、多くの地形を学ぶことができます。また、三大曳山祭りの一つ「秩父夜祭」に代表される伝統行事や、秩父神社などの古刹、日本で最初の通貨「和同開珎」が作られたとされる銅の露天掘り跡など、文化や歴史の深い地域です。今回のフィールドワークでは秩父地方の地域性を自然、文化、歴史に注目して調査しました。この報告は、今年度に発刊を予定している「ちりレポ第24号」で行う予定です。
今回の調査地は埼玉県の秩父地方です。秩父の玄関口、西武秩父駅までは城北生の多くが利用する池袋駅から西武特急で約80分!!中1の部員にとっては初めての巡検です。部長や先輩達の話をよく聞き、いざフィールドワーク開始です!!


西武秩父駅に集合②
今では想像できませんが、2億年以上前、現在の秩父地方にあたる範囲は海でした。この当時のサンゴや二枚貝などの遺骸が石灰岩となりました。300万年ほど前にプレートの動きによって押し上げられ、その後の侵食で地表に出現したのが武甲山です。山の西側は石灰岩で構成され、古くから石灰の採掘が行われてきました。その独特の形状は秩父のシンボルになっています。部員達は武甲山の麓にある資料館を見学して、地形の形成過程や地質の違い、石灰の採掘方法や用途など多角的に学びました。


武甲山の西端には高さ75mもの石灰岩の岩壁があります。ここには石灰岩が地下水によって溶食されて形成された鍾乳洞があります。橋立鍾乳洞は長さ140m、高低差30mの竪穴の鍾乳洞で、大正時代には盛岡の高校生だった宮沢賢治も地学の勉強で訪れています。部員達は最寄り駅から山道を歩き、狭い鍾乳洞を地底探検のような気分で見学していました。


秩父盆地の北部、長瀞町と皆野町にまたがる宝登山は、標高497mの緑色岩で出来た山です。山頂からは秩父盆地が一望でき、その中心を流れる荒川の侵食で形成された河岸段丘を見ることができます。部員達はロープウェイで山頂まで登り、雄大な景観と地形の様子を観察していました。

ロープウェイで山頂へ

宝登山頂からの景観
秩父ではかつて、銅が採掘されていたと伝えられます。黒谷地区には銅に因む地名が多く残り、山間部には銅の露天掘りを行っていたとされる跡が見られます。実際には異なる地質の境界で破砕帯となっている場所ですが、自然銅を含む岩石を採掘していたのかもしれません。平安時代に編纂された「続日本紀」には秩父の地名が登場し「和銅(にぎあかがね)を献じた」と記されています。秩父で採掘された銅が朝廷に献上され、日本最初の流通貨幣「和同開珎」がつくられたとされています。部員達は説明が書かれた看板を読んだり、採掘跡地の写真を撮ったりして情報を収集していました。


初参加の中1部員達は、たくさん歩いて勉強して疲れたようでしたが、フィールドワークを最後までやり遂げました!!先輩達は後輩達をしっかりフォローしていて頼もしかったです!!現在、地理部では「ちりレポ」の執筆作業と夏合宿の事前学習を始めています。これからの地理部の活動もお楽しみに!!
(地理部顧問)